森井良一さん(86歳)

 

 

 

 

 

 

 

「たまたま」は、決して偶然にあらず。

東京都大田区
太洋塗料株式会社  取締役会長 森井良一さん

「モノづくりのまち」東京・大田区に工場を構える太洋塗料は、次々にユニークな製品を生み出しながら時代をリードしてきた塗料専門メーカーだ。塗料一筋60年の森井会長は御歳86歳。根っからのエンジニアなのだろうか、今だに社員たちと試行錯誤を繰り返しながら新製品を開発している、というから恐れ入る。

太洋塗料の代表的な製品は
・施工完了時には車が通れる、速乾性と耐摩耗性を併せ持つ道路白線用塗料
・水分を吸収する塗膜により、天井や流し台裏面の結露を防止する塗料
・屋根や壁からの熱の侵入・損失を阻止し、省エネを実現する遮熱・断熱塗料
と機能性塗料が中心。さらにそのすべてが、環境に配慮した水系塗料であることも強みになっている。ちなみに結露防止塗料は会長のアイデアから生まれたそうだ。

リーマンショックにより長らく業績が低迷した会社を、危機から救ったのもやはりユニークな製品だったという。大田区からお誘いを受け参加した異業種間のマッチングイベント。そこに持ち込んだ「塗装時に養生する塗料」に興味を持ったデザイナーから「もっと遊び心あるものに」と提案されたのがきっかけとなり「剥がせて貼れる水性塗料・マスキングカラー」が誕生。発売されるやカフェやショップの店員が遊び心で店頭を飾るために買い求め、また親や祖父母たちが子供や孫へのプレゼントとして購入しはじめ大ヒット。はじめての消費者向け商品で大きな賭けであったが、当初見込みの4倍と事業の柱になるまでに成長した。
 

さらに乳ガン治療の権威が「マスキングカラー」を医療現場で使用。ガン治療に画期的な進歩をもたらそうとしている。通常、患部への超音波照射と色素の注射を、何度も繰り返してから手術に取り掛かかるが、「マスキングカラー」を使うとマーキングが一度で終わり、患者の負担が劇的に減るのだ。
 

太洋塗料がユニークな製品を開発し続けることが出来るのは、会長の戦略かと思いきやご本人は「お客様にこういうことができないか、と頼まれたことが積み重なり〝たまたま〟うまくいっただけです」といたって素っ気ない。

しかし実際には会長によるところが大きいという。技術部門の責任者・神山さんによれば「女性の研究職など募集すらされてなかった時代に、これから女性が活躍するから、という会長の方針で私を採用したと聞いています」「入社以来これをやってはダメだと言われた記憶がなく、今では開発から営業まで任されています」「会長はとにかく好奇心が旺盛で、新しいものには絶対飛びつくし、新製品の開発では私たちと大きい声でやり合うこともあります。入社した時からお爺ちゃんなのに、今だにお元気で変わらないのは驚異的ですよね」
 

ユニークな製品を生み出し続けることができるのは、どうやら会長の先進的で柔軟な考え方が、太洋塗料に風通しの良い自由な社風をもたらし、社員の能力を引き出しているからのようだ。
その社風について会長は「塗料は素材の組み合わせで出来ているので、クリエイティブな感性を大切にして、失敗を恐れずにチャレンジしなくてはなりません。うちの社是に<絶えず夢を抱いて限りなく栄える喜びに生きよう>とあります。出来そうもないことに挑戦して出来ないことも結構ありますが、人間生きている限り夢を描いて何かを創造していかないと、と思ってここまで生きてきました」と胸の内を語ってくれた。
太洋塗料が開発するユニークな製品の向こう側には、プロフェッショナルから消費者そして医者・患者に至るまで、必ず使い手の笑顔がある。それは目先の利益よりも夢を描くことを大切にしてきた会長によるところが大きいのだろう。

陽も傾き、工場も終わろうとしていた。ふと開発室の一角で2人の若者が黙々と塗料を調合している光景に目を奪われた。おそらく次の商品を開発しているに違いない。これから試行錯誤を数知れず繰り返していくのだろうが、彼らは黙々と、しかし楽しんでいる風にも見えた。何とも尊いものを見た気分になった。
江戸において尊敬される年寄りの条件は「若者を笑わせ、若者を引き立て、若者によいものを伝える」だという。若者に権限を委譲し、自由な社風の中で夢にチャレンジさせてきた森井会長。何を聞いても〝たまたま〟と謙遜するが、内外から敬われるその「人となり」が〝たまたま〟を引き寄せているに違いない。

撮影:小山一芳
取材:代田耕一

取材後記
健康のコツを会長に伺うと「特別なことは何もしてません。7年前に妻をガンで亡くしてから独り住まいになり、日課として朝晩の自炊から掃除・洗濯、自宅の周辺を清掃しているのが〝たまたま〟いいのかも知れません」とここでも素っ気ない。自然体というのは、今置かれている境遇を、嘆くでもなく、工夫しながら楽しむ境地であることを実感した。心の持ちようとして是非見習いたい。