阿部松夫さん(92歳)


「なんでことねぇ」

阿部松夫さん(92歳)宮城県南三陸町歌津地区田浦漁港 漁師(元漁労組合長)

東日本大震災からひと月くらいたち、岩手県から南に移動し宮城県の南三陸町の漁港
にさしかかった時のことです。
あたりは壊滅状態で直視できないほどでした。ところがその惨状のなかで、黙々と漁
具を整理している人がいるではありませんか。
あたりで日常の作業をしている人など、もちろんいません。ひときわ異彩を放ってい
たその方に撮影の許可をとり、お話をお伺いしました。

お名前は阿部さん、お年は91歳とのこと。田浦漁港ではじめてワカメやホタテやカキ
の養殖をはじめられ「育てる漁師」の先駆けとなり、漁労長も勤められた、言わばご長
老です。震災時、ご自身は奥さんを気仙沼の病院に連れて行っていたので、かろうじて
命は助かったのですが、ご自宅は全壊し、漁船も流されてしまったそうです。

そんな状態にも関わらず、淡々とした語り口にかえって凛とした強さを感じました。

11月の終わり頃にまた、阿部さんに会う事ができました。

阿部さんは「昭和三陸地震」「チリ地震」そして今回と三回も大きな津波にあってい
ます。さらに戦争にいき「乗っていた船が沈んだが漁師 の生きる術で生き延びた」と
のこと。その後はフィリピンに流れ着き、「海藻を食いつないで生き残ったが他のみん
なは死んだ。」と壮絶な体験を語ってくれました。

「こんな地震、津波はなんでことねえ。とにかくやるしかない。海の近くに住んで、
魚や海藻を食って、仕事をしてたら老けねえ。収穫期には猫の手も借りたいぐらい
忙しい。都会の年寄りもこっちにきたら老けてる暇はねえ。」

阿部さんからは、悟りみたいなものを感じます。

とその時の事です。それまで厚い雲に覆われていた空から、強い日差しが阿部さん
の顔に差し込んできました。
強さだけではない何かが宿った気がして夢中でシャッターを押していました。