長岡啓一郎さん(76歳)


『愛用される限り、作り続ける。』

長岡啓一郎さん(昭和13年7月28日生・76歳、有限会社 長岡製作所 代表取締役)

デジタルカメラ全盛のこのご時世に「木製カメラ」を未だに作り続けている職人がいる。国内外の写真家、愛好家から第一人者と認められている長岡啓一郎さんだ。鉱山技師の家に生まれ、高校卒業後、カメラ部品の工場を経て上野の木製カメラ製作所に弟子入りした。24歳の若さで親方の後を継ぎ「長岡製作所」を設立。以降半世紀に及び「木製カメラ」を世に送り出してきた。
木製カメラは大判フィルムを使うので描写が精密、大きく引き伸ばす必要のある広告写真や集合写真で大活躍した。さらに遠近によるゆがみを補正できることから建築写真、また軽量ゆえ山岳写真など野外でもよく使われた。しかし業界にデジタル化の波が押し寄せ、事情は一変する。デジタルカメラの画質が飛躍的に向上し、プロ写真家が木製カメラを使わなくなってしまったのだ。
木製カメラの製作会社は本場・海外を含めて壊滅。長岡製作所も受注が減り、関連の下請け工場はすべて廃業した。大切な跡継ぎの息子も会社勤めに出さざるを得なくなった。それは「木製カメラ」の歴史が実質上途絶えてしまうことを意味した。
そんな苦しい時期を支えてくれたのは長岡さんの「木製カメラ」を永年愛用してきた全国各地の写真館だった。擦り減るまで大切に使われた部品の交換や本体の調整・修理を、彼らが依頼してくれたので会社をたたまずに続けることができた。
このところデジタルカメラに飽き足らない写真家や愛好家達に、木製カメラが見直され外国からも注文が入りはじめたという。「長岡製作所」の主力商品でもある「折り畳み式カメラ」は特に軽量なので「山歩きをする高齢の女性にも好評で愛用してくれている」とか。木製カメラには電池切れの心配もないので野外撮影に最適なのだ。
長岡さんが「折り畳み式カメラ」を組立てはじめた。重要なのは骨格となる木と金具の精度。狂いが生じないよう木材を乾燥させること10年!使用材は北海道以北に生息する朱里桜。木肌が緻密で美しく、家具や楽器にも使われる。木材を正確に削り丁寧に塗装する。慎重に錐で穴を開け、加工された真鍮の金具をネジで留めて、ようやく完成。「部品数58、全部が寸分違わず組み合わさりスムーズに動くためには相当の修練が必要だ」という。部品工場もなくなりネジから自作しなくてはならない。全工程を一人で担える職人は世界を捜し回っても、もう長岡さんくらいだろう。その技量は最高峰の米国メーカーから招かれて技術指導をするほどだ。米国では木製カメラの製作技術はすでに途絶えてしまった。
木製カメラは作るのに大変手間がかかり、そして使うにも大変手間がかかる。だからこそ意のままに使いこなした時の喜びはひとしおである。
この手間を省き、正解のみを追求するデジタルというものは、総じて人間から「愛用する」という人生の喜びを奪った。あれやこれやと試行錯誤しながら使いこなすまでの手間にこそ本質的な意味があるのではないだろうか。
富士フィルムの写真歴史博物館に長岡さんが拵えた「4×5判一眼レフ」がまるで主のように常設展示されている。その木製カメラは一目で「手間がかかっている」と感じさせ「操作する喜び」に満ち、そして「使いこなしたい」という衝動にかられる逸品だ。
職人歴57年の長岡さんは「木製カメラを愛用してくれる人がいる限り、つくり続ける」と決めている。そこには先人から受け継いだ技術を、絶やしはしないという職人としての強い想いが込められている。
息子さんが復帰する日が来ることを心から願ってやまない。

取材撮影:小山一芳
構成・文:代田耕一